こうして小さなアパートのさろんでの1年半があっという間に過ぎました。
お客様も少しずつ増えていたし、さろんもどうにか形になり、幸せでした。
。。幸せでしたが、なにせ小さなひとまのアパート。いろんな意味で、結構いっぱいいっぱい。(笑)
仕事とプライベートの切り替えが難しかったり、どんどん増えていく教材、資材に押しつぶされそうでした。
そうこうしているうちに、母の入院などなどがあり、実家を処分することに。
そして本当に棚ボタのようにマンションを購入し、2003年10月、アロマサンドリーズはようやく定住の場所に決まりました。(たぶんですが(笑))
翌年、8年ぶりにアリゾナのパワースポット・セドナを訪れ、忘れかけていた自分の感受性がよみがえりました。
ネィティブアメリカンのツアーに参加したことがきっかけで、自然と共生する姿勢に感銘を受けると同時に、ぜひともドラムヒーリングを自分でやりたい、と思うようになります。
そしてその翌年再度渡米、ドラムヒーリングを学び、その後はいわゆるトリートメントだけでなく、感受性を総動員した「ヒーリング」を行うと決意。
こうしてネィティブアメリカンドラムを使いながらのボイスヒーリングや、ドラムヒーリングやボイスヒーリングを取り入れた、オリジナルのアロマトリートメントの施術を行うようになりました。
また、その昔行っていた、自然を味わいハイキングしたり、自然の中で歌う講座なども再度行うようになりました。
現在では自宅の小さなさろんでエステやヒーリングを行ったり、カルチャーセンターやヒーリングスクール、成人学級などで講座を行ったりしています。またボイスヒーリングの個人セッションでカラオケボックスに行くことも。
おかげさまで、とてもバランスよく、お仕事させてもらっています。
私はアロマを始めた当初は、大好きなアロマに触れていられること、そしてその喜びを講座でお伝えできることだけで幸せで、これは一生やり続けたい、それなら自分が使う教材費くらいは稼げるようにしたい、と思ったのが始まりでした。
とにかくアロマを続けていくことが重要で、生活費は別で稼ぐことを考えていました。
そして大切なアロマのお仕事ですから、1回1回、自分の状態はなるべく良くしていたい、せめてお客様に向かうときだけは、自分は元気でいたい、そのため生活のための仕事はストレスがなるべくかからないもの、と思いました。
この時期、パソコン教室の仕事をくれた友達、そして昔からお世話になった恩師のおかげで、同じコンピュータでも「教える」サポートなら楽しめることを発見、以後生活の糧となるアルバイトができるようになり、本当にありがたかったです。
そしていい調子で両立できるようになり、アロマ以外のお仕事も、案外良い気分転換になることもあって、(アロマのお仕事は自分で1から考えるので、それが喜びでもあり、時にしんどいこともあり)このまま2本立ての生活もいいかな、と思っていた時期もありました。
それが、パソコンの仕事があるときからだんだん収束していき、ついには癒しのお仕事だけになってしまいました。この頃には、たとえ癒しのお仕事でスランプにぶつかっても、度胸がついたというか、抜ける按配も自分でわかって対処できるようになってきていたので、ちょうど良いタイミングだったかもしれません。
ここまで来れたのは、本当に支えてくれる皆さんがいてくださったからこそで。
私がアロマを始めるきっかけとなってくれて、いつも温かく応援してくれた友達、商売をまったくわかっていなかった私に、いつも具体的に方向を示して、支え続けてくれた恩師・涼子さん、会社を辞めてから、心配して仕事を紹介してくれた元上司、アロマの仕事を紹介してくれた友達、そして心配したり、反対しながらも、いざというときに助けてくれる家族、皆さんがいなかったら、今の私はいなかったことでしょう。
会社員時代も、あの頃は合わない仕事でストレスいっぱいだったけれど、人間関係も恵まれ、今でも応援してくださる方がいることや、またあの時組織としての仕事のやり方を体験できたことは、今アロマをやっていく上でも、目に見えぬ財産になっていると思います。
そして、何より今、私がよろこびのお仕事をできるのは、私の提供するものを、受け取ってくださる方たちがいるから。。。皆さんがいなければ、私の人生そのものが成り立たないかもしれません。
これからも、初心を忘れず、新たな夢に向かって、喜びのお仕事をしていきたいと思います。
2007年1月20日
