さて、今でこそ人一倍丈夫な Ayako ですが、会社に勤めていた当時は体調を崩しては、よく会社を休んでいました。そう、自分でも忘れてしまうくらいなのですが、小さな頃から虚弱体質で、その傾向は会社に入り、年数がたつにつれてますますひどくなっていました。
心と身体はいつもつながっています。仕事は(もちろんそれ自体は素晴らしかったのですヨ。でも)Ayako
には適性があるとはとても言えない仕事でした。ほんとうに、体が訴えているようでした。
さて、会社を休んだその日。お気に入りのドトールで、ロイヤルミルクティを飲みながらぼ〜っとしていました。今もそうですが、Ayako
はカフェが大好きで、そこでぼ〜っとしていると頭が無になり、いろいろなことがひらめいてきます。
“時間に追われ、仕事に追われ、身体も心も悲鳴をあげている…。こういう生活をいつまでも続けていてはよくない。”
そう思いながら、ふと思いたって、近くの本屋さんに足を運びました。そして、何気なく店内を見渡すと、一冊の本に目がとまりました。
「アロマセラピーでキャリアアップ」。
“えっ。。。アロマで仕事ができるんだ…。”
思わず手にとってみました。
表紙の絵がとてもやさしく、見ているだけでほっとしてきました。それは、アロマセラピーの仕事をしている人たちの話しがインタビュー形式で載っている本でした。
最初のほうに、まとめた女性の写真が載っていました。Ayakoと同年代、笑顔がとても素敵です。
パラパラとページをめくると、その女性の経歴が載っていました。あるアロマセラピーの学校の講師をしていて、数年前までは、Ayakoと同じようにコンピュータのエンジニアをしていたと書いてあります。
“こういう経歴の人でもアロマセラピーの講師になれるんだ…。”
新鮮な思いがしました。
即座にその本を買って帰り、その日のうちに一気に読んでしまいました。
その女性のアロマセラピーに対する思いや、植物を尊く思う気持ちが、ストレートに伝わってきました。とても、ワクワクしてきました。
“アロマセラピーをきちんと習いたい…。“
そのときハッキリ思いました。すぐに巻末の連絡先に問い合わせ、その女性のいる学校を紹介してもらいました。
この学校はきちんと毎回休まずに通いたい、上司の了解をとって行こう、と思いました。
しかし。。。
今日こそは言おうと思いながら、いざ出社すると、次々と追いかけてくる仕事があり、時間は慌しくすぎてしまい、言いそびれたまま何日か過ぎていました。
そんなある日のこと、いつものように遅くまで残業していると、珍しくAyakoのところに課長がやってきたと思うと、こう言いました。
「すいません。」
「え…。何がですか?」
「私の力不足で、昇格させてあげられなくて。」
Ayako はびっくりしてしまいました
その何日か前、昇格者の発表があり、同期の何人かは主任に昇格していました。
けれども Ayako は会社を休むことも多かったし、”仕事ができる!”というわけでは決してなかったので、昇格できないのは当然、ましてや課長のせいとは思うわけもありません。
そして正直なところ、管理職になってこれ以上の負荷がかかるのは厳しい。。と思っていました。
「いいえ、とんでもないです。」
課長の気持ちを、とてもありがたく思い、良い上司の元で働けていることを感謝しました。
と同時に。。。。
”今がチャンスだ”
と思いました。
「あの…。お願いがあるんですけど。」
「ん…?」
「アロマセラピーの学校に通いたいので、月曜日は定時に帰りたいんです。」
「…。」
課長は笑っていました。
Ayakoはそれまでも、興味を持つと夢中になってしまうことが、よくありました。
英会話の研修に、ハリ通い、プール通いなどなど。それまでもときどき、なんだかんだと理由をつけては仕事を切り上げることがあったからです。
今度は何だ?とでも言われるかと思いましたが、比較的あっさりと、
「大丈夫だと思うよ。主任には一言言ってね。」
と言ってくれました。…天から、チャンスを与えられた気がしました。
こうして、二週間に一回、渋谷の学校へと通う日々が始まりました。
さて初めての授業の日。Ayakoは朝からそわそわしていました。夜のアロマの学校のことで、頭がいっぱいだったのです。終業のベルがなると同時に席をたち、会社を飛び出しました。
なんとか授業開始五分後くらいに教室に飛び込むと、本で見たあの先生が、ホワイトボードの前にたっていました。実物のほうが、ずっと可愛い感じです。
授業はもう始まっていました。
その日は、ローションを作る実習でした。先生が、何やら計算式の説明をしています。それは、ミネラルウォーターに精油を混ぜるときの、比率の出し方でした。
Ayakoは途中入学だったため、その日は学校のカリキュラムとしては四回目です。初めての授業にしては、ちょっと難しい内容でした。
それにまさか、アロマの勉強に計算式が出てくるとは思ってもいませんでした。数字が決して得意でない Ayako は、内心あせっていました。
説明がひととおり終わって、いよいよローションを作る時間になりました。使う精油は、自分で決めていいとのこと。が、なんせオレンジとペパーミントくらいしか使ったことがなかったので、テキストを見ても、どれを混ぜたらどんな香りになるのか、検討もつきません。
“どうしよう…。”
テキストの効能書を見てみました。
“老化肌にはサンダルウッド、お肌のひきしめにはサイプレス、ラベンダーは細胞の成長を助けるんだ。ふむふむ。”
とりあえず、お肌に良さそうな三種類の精油、サンダルウッド、サイプレス、ラベンダーを選びました。
慣れない手つきで、精油の小びんのふたを開けます。
“あれ、想像していたより、きつい香り…。”
一瞬そう感じましたが、他の精油に変える心の余裕もなく、計算式で出した分量の精油をそれぞれ、ミネラルウォーターに加えました。ふたをして、よく振って、そして再びふたを開けてみると…。
“変な、香り…。”
Ayako はがっかりしました。できあがったローションは、いい香り、とはとても思えません。インドのお香のような香りがします。
隣の人とお互いのローションを交換して、香りをかいでみました。隣の人のローションは、甘くて心地良い香りがしました。けれども隣の人は
Ayako のローションを、
「不思議な香り…。」
と言ったきりでした。…なんだか悲しくなってきました。
後からわかったことですが、サンダルウッドは、Ayakoが大の苦手な白檀から採った香りでした。
帰りの電車の中、ローションを入れたカバンの中から、白檀の香りがプンプン漂ってきます。隣の人から文句を言われるのではないかと、気が気ではありません。小さくなりながら、カバンからテキストを取り出して、サンダルウッドの説明のところを読んでみました。
“サンダルウッドは、鬱状態の人には却って気持ちを暗くすることがあります。”
…ますます気分が滅入ってきました。
家に帰ってからも、そのローションは置いておくだけで、強烈な香りが漂ってきます。たまらなくなって申し訳ないとおもいつつも、Ayako は、台所の流しにその液体を流しました。
ところが、今度は流しから香りがプンプン…。水を何度も流しましたが、それでも香りは全然消えません。
もう一度、テキストを見てみました。
“サンダルウッドは香りが長く残るので、洋服につくとなかなかとれません。”
その後一週間ほど、ローションの香りは部屋中を香らせていました。
Ayako にとって、期待に胸ふくらませた初めてのアロマセラピーの授業は、そんな風にして終わりました。
