二回目のアロマの授業の日になりました。前回は、苦手な香りを使ってローションを作ってしまい、さんざんな思いをしたAyakoです。香りと共に深く刻まれたがっかりした思いが、学校に行く気力を失わせつつありました。
しかし、一代決心をして通うことにした学校です。気を取り直して、授業に行くことにしました。心の中で、
“今日もおもしろくなかったら、もう通うのはやめればいいんだ。そうすればまた会社の仕事も今までと同じようにできるし…。”
と言い聞かせるようにして。そして、
“今日はサンダルウッドは使わないようにしよう…。”
と心に誓っていました。そして、サンダルウッドが白檀の香りであることを忘れないように、
“サンダルウッドは私の苦手な白檀、白檀はサンダルウッド。”
と、心の中で何度も唱えていました。
その日学校の教室に一歩入った瞬間、既に教室に漂っていた香りが心の中に、すーっと響いてきました。どうやら教室の片隅の、精油箱からのようです。たくさんの精油たちが一斉に、香りのハーモニーを奏でているようでした。
“あれ、この間も香っていたはずなのにそういえば気づかなかった…。今日はなんだか、香りが心の中に、入ってくるみたい…。”
少し、不思議に思いました。この間は初めてで緊張していたためか、香りを感じることができなかったようです。今日は、緊張がとれているようでした。
そういえば、前回はたくさんの精油を目にしたのも、香りをかいだのも初めてでした。しかも、四回目の授業で、他の受講生は皆ある程度精油のことを理解しているようでしたが、Ayako にとっては初めての授業です。自分だけ取り残されている気がして、授業中もずっと、落ち着きませんでした。考えてみれば、香りを楽しんでいる余裕などなかったのですね。
“今日は香りを楽しめそう…。”
ふと、そんな気がしました。
そして、教室に漂う香りのハーモニーに包まれていると、いつも仕事に追われて慌ただしかった気持ちが、すっと楽になっていました。
“この静かな気持ち、これが本当の自分…?”
そんな気がしました。
その日は、香りの脳への伝達経路のお話しでした。人の鼻からとり込まれた香りが、どのようにして記憶や感情に作用するか、説明されていきます。わかりやすい絵、やさしい言葉。もともと生物は苦手な Ayako でしたが、す〜っと頭に入ってきました。
“なんておもしろいんだろう!”
心がわくわくしてきました。勉強がこんなにおもしろいと思ったのは、生まれて初めてのことです。とても新鮮な驚きでした。
その日の実習では、お部屋用のエア・フレッシュナーを作りました。この二週間の間に本を読んで、精油の名前を少しずつ覚えた Ayako です。
今回はいい香りを作るゾ、と思いながら、三つの精油を選び、それぞれの香りを確かめます。嫌いな香りをわざわざ使ってしまうことがないように。
”グレープフルーツ、フランキンセンス、サイプレス”こうしてできあがったエア・フレッシュナーは、大成功。すっきりして、それでいて優しいのです。
“私だけのオリジナルな香り…。”
Ayako はとても嬉しくなり、何度もその香りを味わいました。
その日の授業が終わるとき、先生が、ひとりひとりの顔を見渡しながら、
「今日も、楽しい授業をありがとうございました。」
と、言ってくれました。そこには、あの本の笑顔がありました。
“なんて、優しい言葉なんだろう…。”
心に温かいものが感じられてくるようでした。そしてそのとき、Ayako はハッキリ、思ったのです。
”人々の心に触れる、優しい感覚。私がやりたかったのは、これだ。”
友達とのあいさつもそこそこに、Ayako はいてもたってもいられなくなり、先生のところに駆け寄りました。
「先生、私、会社辞めたくなりました!」
と伝えました。わずか二回ばかりの授業を受けただけのときです。なんと返答に困ることを言ったものでしょう。でも先生もさるもの、
「あらま〜、困っちゃったわね〜」
とにこにこしながら、こう言いました。
「セミナー開いちゃえばいいのよ。友達集めて。私も最初そうしたの。勉強になるわよ。」
”え…私がアロマのセミナーを開く?まだ何にも知らないのに…。”
「そうですね…。」
と答えはしたものの、話しは頭の中を通りすぎていくだけでした。
数日後、Ayako はご近所で、妹分のように長年可愛がってもらっている涼子さんのお宅に遊びにいきました。涼子さんは、Ayako が昔、英語を教えてもらっていた先生でもあります。今では個人向けの、パソコン教室を開いています。
近況報告で、アロマの学校に通い始めたこと、ふと思い出して、先生にセミナーを開いてしまえばいいと言われたことを話しました。すると、涼子さん、すぐにこう言います。
「家でセミナーやればいいのよ。私が人集めるわよ。」
なんとそれから二週間後、アロマの学校の授業をまだ二回しか受けていない状態で、初心者向けのセミナーを開くことになってしまいました。
. ど、どうしよう、と思いましたが、このチャンス、つかまなくてはいけない気がしました。 それまではなんせパソコンの前に座っている毎日でしたから、人前で話しをすることはほとんどなかったし、アロマの知識もほとんどない状態でしたが、とにかく”アロマの楽しさを伝えたる”ことを大切にして、学校の一回目と二回目の授業内容から簡単に、自分の知っている限りの話しを抜粋しました。
実習は、ローションを作ることにしました。Ayako のような失敗がないように、ブレンドする精油はあらかじめ決めておくことにしました。
「先生、ちょっと手伝って」
「先生、精油が出てこないんだけど」
質問もたくさん飛び交うようになり、にぎやかな中で、初めての記念すべき講習が終わりました。かなり緊張したけれど、最初にしては上々でした。「できる」という感触がつかめました。
このときの受講者の方々の意見を聞きながら、二回目も開くことになりました。内容は、講習の直前に学校で習ってきた内容でで、マッサージオイルを作ってお顔のマッサージです。
香りを混ぜたホホバオイルを手にとり、お顔に伸ばします。そして、マッサージの方向を説明した後、みんなで声を合わせてマッサージしてみることにしました。
「あごから、一…、二…、三…、四…。」
目をつぶって、ゆっくり優しく、マッサージしていきます。どの方も力が抜けて、リラックスした、優しい顔をしています。
温かく心地よいエネルギーが部屋いっぱいに、満たされていました。かけ声と共に、みんなでマッサージする一体感。香りが人と人をつないでくれて、部屋全体が調和しています。Ayako
が思わず感動してしまうくらい、それはすばらしいひとときでした。
”私はこれを、創りたかったんだ…”
これを皮切りに、Ayako は次々と単発セミナーを開いていくことになりました。あるときは実家で、知り合いの喫茶店で、近くの団地の集会所などで。あるときは、小学校の文化祭に出かけたこともありました。
参加者の募集は、近所の雑貨屋さんやお花やさんにチラシを置いてもらったり、パソコン通信で呼びかけたりしました。
涼子さんの、
「思いついたことはとにかくやってみるのよ。」
の励ましの言葉に、とにかく動きました。
”講座ができるところはないかな?”
いつも考えていました。
ことアロマのことになると、不思議なくらい、すぐに行動に移せる Ayako でした。
忙しい日々が始まりました。会社の仕事と、アロマの勉強、並行してセミナーの開催、平日は夜中まで、休日もゆっくりしていられなくなりました。
涼子さんが時折、
「宣伝用のポスター作ったほうがいいわよ。少し大き目にして。あなた忙しいから、私作ってあげるわよ。」
などと言ってくれます。そのうち、
「受講生の管理やテキスト作りに必要だろうから。」
と、アロマ用のソフトまで作ってくれました。
しばらくして Ayako は、会社の中でもセミナーを開きたいと思うようになりました。コンピュータに一日向かっている会社の人たちに、香りの優しさを知ってもらえたらな、と思ったのです。その話しを仲の良い課長さんにすると、早速話しを進めてくれて、その後社内行事として、セミナーを開くようになりました。
会社の中でも Ayako のことを「アロマセラピーをやっている人」として見てくれる人が、増えてきました。
そんな慌ただしい毎日の中で、アロマの学校も最後の日になってしまいました。
“今日で学校も終わり…。私はこれからどうすればいいんだろう?”
Ayako は先生に、もっといろいろなことを教わりたい、と思っていました。
その日の授業の最後に、Ayako は終了証書を頂きました。
「よくがんばったわね。おめでとう。」
先生が笑顔でそう言ってくれたとき、涙が出そうになりました。こんなに嬉しい終了証書は、生まれて初めてでした。
“会社の仕事と学校とセミナー活動、ほんとによくがんばったな…。”
Ayako は生まれて初めて、自分をほめてあげたい気がしました。そして、やはりこの先生に、もっと学びたい、と思いました。
授業が終わった後、Ayako は学校のスタッフの方のところに行きました。どうしても、お願いをしたくて。
「もっと、先生に習いたいと思っています。ぜひ、上級コースを作ってください。」
その学校は、当時まだアロマのコースを始めたばかりで、基礎コースしかありませんでした。
「そうですね…。」
そのときは、それ以上話しは進まなかったのです。
けれどもしばらくして、Ayako のところに学校から、一通の封書が届きました。それは、上級コース設置のお知らせでした。
“また、先生に教えてもらえるんだわ!”
Ayako は大喜びでした。 こうして、上級コースに三ケ月間、通うことになりました。
神聖で、
ほっとする気持ち
