ある日のこと。亜矢子は久しぶりに体調を崩しました。
ウィークポイントである、気管支、肺のあたりが詰まったような感じで、息苦しいのです。
背中はパンパンに張っています。

同じ事務所のボディワーカー(体をマッサージしたりしながらヒーリングを行う人)のセッションを受けることにしました。Sさんが、私の背中を押したり、ほぐしたりしていきます。

「なんかね〜。背中がべた〜っと、固くなってる感じ。」

亜矢子の頭にふと、「原爆」という言葉が浮かんできました。

”まさかね。。。。”

それはそのまま、こころの中にしまっておきました。

更にSさんは、私の背中をそらせたり、ボキボキ言わせたりしていきます。

そして、こう言いました。
「なんかね。。。戦争で死んでる感じだね。」

再び亜矢子の頭に、「原爆」という文字がハッキリと浮かんできました。

「私、原爆を体験しているみたい。。。」

ようやく亜矢子は、口に出して言いました。まさか、と思いながら。

目の前に、小学生のときに修学旅行で訪れた、長崎の原爆記念館の模様とか、学校で見た原爆映画のシーンが、鮮やかに蘇ってきました。
それらはどちらも、衝撃的で、忘れることができないものだったのです。

”まさか。。。でも、、、そうだ。きっと、、、そうだ。。。”
亜矢子の中で、それが確信のようなものに変わりました。

それは非常に衝撃的で、けれども亜矢子にとっては、とても納得できることでした。

長崎への修学旅行のことが、再び蘇ってきました。原爆記念館はもちろんのこと、緑豊かな平和祈念公園でさえも、亜矢子にとっては物悲しい記憶として残っていました。帰ってからも、とても怖く、落ち込んでしまったのです。

小さい頃から、戦争映画や戦争を扱ったテレビ番組はとても苦手でした。見ているとなんとも言えずせつなくなるのです。そして飛行機の爆音や、火事のサイレンさえも、異様にびっくりしたり、怖くなることが、常々でした。

Sさんの手が、亜矢子の目と眉の間に置かれました。なんともいえない、痛みが走ります。

「痛い、いててて。。。」

同時に、だんだん、息苦しくなってきました。

それを言うと、Sさんはこういいます。
「息苦しい? 痛みを感じて息苦しいという人は、初めてだな。  なんで息苦しいんだと思う?」

亜矢子はそのとき、原爆で背中を焼かれ、呼吸ができなくなっていったのだ、と思いました。

更にSさんは、こう言います。
「背中が熱くなった感じと、冷たくなった感じ、両方あるんだよ」

亜矢子はそのとき、自分が川に飛び込んでいく光景が浮かんできました。
「たぶん、あまりの熱さに川に飛び込んで、死んでいったの」

「そうか。じゃぁ、あなたは記念碑なんて怖くて見れないね。あれにはあなたの名前が書いてあるんだね」

”怖い、、、、怖い、、、怖い。。。。!”
亜矢子は、そのとき本当に恐怖を感じていました。

ようやくSさんの手が離れました。

「何か緊張があると、背中を守ろうとして、固くして、逆に弱くしているようだよ。そのときいくつで死んだの?」

目の前に、”32”という数字が浮かんできました。
”あれ。。。今の私と同じ年だ。。”

すっかり呆然としている亜矢子の横で、CDがかかりました。
母親の胎内の心拍音が入った優しい音楽です。

恐らく過去世に体験した原爆の恐怖が蘇っていた亜矢子も、その音を聞いていたら、落ち着いてきました。

そのうちに、目の前にある光景が浮かんできました。
お母さんのおなかの中にいる、自分のようです。
全体がきれいなピンク色をしていて、キラキラと輝いています。
タツノオトシゴのような胎児がいて、”自分”がその中に入っていくのです。
魂が、胎児の中に入っていくときの光景のようでした。

そのとき、喜びに満ち溢れた感情が、亜矢子に沸き起こっていました。

”これから生まれるんだ!やった〜!嬉しい〜!”

そういう、やる気満々の感じなのです。

”あんなに怖い思いをしたのに、魂はなんて果敢なんだろう。。。”

少し人ごとのように感じながら、亜矢子は思っていました。

Sさんは言います。

「今生は、もうあんな怖い思いはしないことを、魂は知ってるんだよ」

”そっか。。。”
少し、ほっとしました。

それから1週間は、少しぼーっとしたような日々を過ごしましたが、その後はすっかり元気になりました。
そしてそれまでのように、飛行機の音が怖かったり、夏の暑い日に理由もなく落ち込んだり、ということがなくなりました。

亜矢子の中で、体の記憶がひとつ癒されたようです。

前世 過去世 アロマセラピー 
これは、私が一番最初に実感を伴って思い出した、過去世の記憶です。
もちろん、事実かどうか証明できるものではありませんけれども、私の中では腑に落ちたり、確信できたものです。
そして大事なのは、そうやって気づくことができると、そのときの恐怖が癒されるということです。

この後私はいろいろな過去世を思い出す機会に恵まれましたが、必ずしも、人が癒されたり成長したりする過程で、過去世を思い出す必要はないと思います。日々の体験でも自然に浄化されていたり、魂は常に成長しているからです。もちろん、必要があれば思い出すことになるかもしれませんが。