さていきなり飛びますが、アロマを始めて5年目、セラピーの事務所でほぼ毎日研修状態だった私は、2000年、0が3つ並ぶ年のこと。所持金もなくなってしまいました。
その事務所では本当に日々自分を見つめ、他のセラピストと研鑽しあい、お客さんに実践する中で、自分なりのアロマセラピーやボイスセラピーの基礎を築いた3年間でした。
思い切り自由にできた3年間のおかげで、一般概念にとらわれない自由な発想ができるようになったこと、自分の感性を徹底的に磨いて、オリジナル体系ができあがったこと、これは一生の財産になっています。
。。。が、地道に稼がなければお金がなくなるのは当然のこと。
私はその事務所を卒業し、まずは派遣で働き、月1回位、公共の会場などを借りてアロマの講座を開いたり、オリジナルのアロマ占いを、喫茶店などで開催したりするようになりました。
けれどもしばらくすると、会社の仕事は予想外にストレスがたまり、せっかく開催するアロマ講座も、主催する私がいっぱいいっぱいの状態でした。
これはどうしたものだろう?。。。と思っているときに、パソコン教室を開いている知人が、アシスタントのアルバイトをしないかと声をかけてくれました。
初めての仕事でしたが、やってみると、初めてストレスのかからない仕事でした。元々、人に何かを教える(といより、パソコンの楽しさを伝えると言ったほうがいいかな)のは好きなようです。
こうしてここでの経験のおかげで、以降、派遣などで、パソコン研修の仕事をときどき行うようになりました。
そんなとき、昔からお世話になっている涼子さんが、自分が開催している世田谷のパソコン教室が、週に2回休みの日があるから、使えばいい、と言ってくれます。本当にありがたいことです。
かくして2001年には、週に2回のアロマ教室&トリートメントを開くことになりました。またこの年友達の紹介のおかげで、カルチャーセンターでのアロマ講座も開催するようになりました。その他の日は、派遣に登録しておいて、研修のアシスタントの仕事がくると、単発で行ったりしていました。
さて、週に2日のアロマ教室は、6畳一間でパソコン机が2台置いてある和室に、自分なりに工夫して、レッスンのときには折りたたみ机を広げ、またトリートメントのときには折りたたみベッド(トリートメント用ではなく普通のベッドでした)を広げていました。
初めて固定の場所を持った私は、はりきってチラシや簡単な看板を作ったり、ご近所はもちろん、沿線を歩いて、ポスティング(チラシ配り)もしました。
決して多いとはいえないけど、それでもいらして頂くお客様ができたのはありがたいこと。お客様の要望なども見ながらメニューや料金体系を改良していったり、また小さいながらお金の管理をしたり、小さな小さなさろんの最初の形や流れは、このときできていった気がします。
そして家の事情で半年後に実家を出ることになり、今度は自分の住まい兼小さなさろんができる所を探すことになりました。沿線など歩いていろいろ見ましたが、結局借りていた涼子さんのパソコン教室からすぐ近くのアパートになりました。
それは本当にご縁とも言えるもので、他の沿線など散々見てまわってしっくり行くものがなかったのに、元の場所に戻ってみれば、すぐにスムーズに物件が決まったのでした。おかげでそれまでのお客様にも、来ていただけるようになりました。
小さなサロンは、10畳ひとまの木造アパートで、住居も兼ねていたし、常にかなりの量の資材がストックされていて、窮屈でしたが、その当時は自分の場所を持てた喜びでいっぱいでした。
外見はほんとに古〜い木造アパートだったけれど、内装はきれいで中はぴかぴかで、そのギャップもおもしろかったし、何より日当たりが良くて、朝から日差しがぽかぽかと気持ちのいい、場所でした。
最寄の祖師ヶ谷大蔵駅は、駅前の商店街がとてもにぎやかで、いつも人と自転車と、ときどき通る車でいっぱい。その活気が、自分の場所を持ったばかりの私にとって、「私も、がんばるゾ」という気持ちにさせてくれて、ずいぶん励まされ、助けられました。
毎日いろんなカフェにランチしにいく度に、お店の人と話すようになり、チラシをおいてもらえるようになったりもしました。
とはいえ場所を持ったといっても、最初からお客さんが入ってくるわけではもちろんありません。
アロマの仕事は最優先でがんばっていたけれど、あまりガツガツしては癒しのお仕事にならないし(笑)、精神的な余裕を持つためにも、時々パソコンの仕事をしていましたが、そこでの出会いがお客さんにつながることもありました。
こうして最初のほうは閑古鳥が鳴いていた小さなあろまさろんでしたが、それでも少しずつ少しずつ、お客さんがいらしてくださるようになり、またメニューのほうもアロマだけでなく、生薬を使ったエステやお化粧品の販売をやるようになり、小さなさろんはひとりでやってる割りにはメニュー豊富なサロンになっていきました。
また外での講座も口コミで入るようになり、またカルチャーセンターでの定期講座も始まっていたので、オリジナルのアロマコースを作ろうと、メニューを考えたり、テキスト作りに励む毎日でした。
